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〒231-0861 神奈川県横浜市中区元町4-168関内不動産元町第2ビル3階
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1.概要
”原判決を破棄する。
本件を知的財産高等裁判所に差し戻す。”
”上記事実関係等によれば,本件他の各化合物は,本件化合物と同種の効果であるヒスタミン遊離抑制効果を有するものの,いずれも本件各化合物とは構造の異なる化合物であって,引用発明1に係るものではなく.引用例2との関連もうかがわれない。そして,引用例1及び引用例2には,本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかについての記載はない。”
”そうすると,原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することできたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。”
2.経緯
発明の進歩性の有無に関し、当該発明が予測できない顕著な効果を有するか否かが争われた事件です。具体的には、本願発明と同一の効果が引用発明にある場合、進歩性判断における効果をどのように取り扱うか、という事件です。
本件特許は、花粉症患者に処方される点眼薬「パタノール点眼薬」に関する特許です。「パタノール点眼薬」は、花粉症に対する効き目は小さいものの、副作用が非常に小さい、と言われているようです。そのため、花粉症になったばかりの患者に処方されるケースが多いように思われます。
出願から特許登録までの特許庁における経緯は以下になります。
出願日 (米国優先日) | 1996年5月3日 (1995年6月6日) |
拒絶理由通知書 | 1999年12月14日 |
手続補正書 | 2000年3月13日 |
特許登録日 | 2000年5月19日 |
しかし、本事件は、特許庁と知財高裁とで、所謂キャッチボール現象(旧特許法126条2項但書等)が複数回発生し、第1次審決から第3次審決まで無効審判による審理が施された後、ようやく、最高裁において上記判決がなされました。経緯をまとめると以下になります。
第1次審決 | |
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無効審判請求 | 2011年2月3日 (無効2011-80018) |
訂正請求 | 2011年5月23日 |
審決 (訂正認容、特許無効) | 2011年12月16日 |
審決取消訴訟提起 | 2012年4月24日 |
訂正審判請求 | 2012年6月29日 (訂正2012-390084) |
知財高裁 審決取消決定 | 2012年7月11日 |
第2次審決 | |
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訂正請求(本件訂正1) | 2012年8月10日 |
審決(訂正認容、審判請求不成立) | 2013年1月22日 |
審決取消訴訟提起 | 2013年3月1日 |
知財高裁 審決取消判決(前訴判決) | 2014年7月30日 |
最高裁 上告不受理決定 | 2016年1月12日 |
第3次審決 | |
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訂正請求(本件訂正2) | 2016年2月1日 |
審決(訂正認容、審判請求不成立) | 2016年12月1日 |
審決取消訴訟提起 | 2016年1月6日 |
知財高裁 審決取消判決 | 2017年11月21日 |
最高裁 判決 | 2019年8月27日 |
なお、現在では、審理遅延の観点等から、審決取消訴訟提起後の訂正審判は請求することはできなくなっております(旧特許法126条2項但書削除)。
3.争点
3.1 進歩性について
進歩性は、特許法29条2項に規定された特許要件の1つです。条文は、
”特許出願前にその特許発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。”
となっています。「容易に発明をすることができたとき」は、進歩性がない、そうでないときは、進歩性がある、ということになります。
とくに、条文上は、「効果」について規定されておりませんが、特許庁の審査基準(第Ⅲ部第2章第2節進歩性の3.「進歩性の具体的判断」)に出てきます。
いわく、請求項に係る発明と主引用発明との相違点を明らかにした上で、進歩性が否定される方向に働く要素(主引用発明を副引用発明に適用する動機付け、主引用発明からの設計変更等)に係る諸事情に基づいて、他の引用発明(副引用発明)を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断します。論理付けができないときは、「進歩性あり」となり、論理付けができても、進歩性が肯定される方向に働く要素(有利な効果、阻害要因等)に係る諸事情も総合的に考慮して、論理付けができなければ、「進歩性あり」、論理付けができれば、「進歩性なし」となります。
特許出願に対する拒絶理由で最も多いものが、この進歩性の拒絶理由です。進歩性の拒絶理由に対する、実務的な反論手法は、例えば、以下のようになるかと思います。
すなわち、本願発明には固有の効果があって、主引用発明と副引用発明(又は技術常識)とを組み合わせても、請求項に係る発明にはない構成があり、その構成上の相違によって、主引用発明と副引用発明とを組み合わせても、そのような固有の効果を奏することができず、したがって、進歩性がある。言い換えると、本願発明固有の(或いは引用発明にはない)「有利な効果」(又は「顕著な効果」)を主張して、進歩性ありを主張することが多いように思います。その場合の「有利な効果」とは、本願発明には存在するものの引用発明にはない構成上の相違によって、本願発明から得ることができる効果であって、引用発明からは得ることのできない効果である、と言えると思います。
なお、進歩性と効果との関係については、独立要件説と二次的考慮説(又は間接事実説)とがあります。
独立要件説は、効果について発明の容易想到性とは独立して進歩性を判断する説です。引用発明の構成から本願発明の構成に容易に想到することができても、顕著な効果があれば、進歩性を肯定する、とする説です。
他方、二次的考慮説は、容易想到性を判断する際に、顕著な効果を考慮する、という説です。
判例は、独立要件説のようです。上記審査基準もそのように考えることができると思われます。ただし、今般の最高裁判例では、どちらの説が正しいか、などというところまでは判断していないものと考えます。
3.2 各審決の争点
3.2.1 第1次審決の争点
本件特許権の設定登録時の請求項は、請求項1-12まであり、このうち、請求項1は以下の内容でした。
”【請求項1】アレルギー性眼疾患を処置するための局所用途可能な眼科用組成物であって、治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピンー2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する、組成物。”
本件特許権の共有者が無効審判(無効2011-80018)を請求しました。無効審判の被請求人は、請求項1を、「ヒトにおけるアレルギー性眼疾患」と下線部を追加する訂正しました。
これに対して、特許庁は、訂正を認容した上で、無効審判の請求人が提出した甲1号証に基づいて、「甲第1号証発明を、ヒトにおけるアレルギー性眼疾患に適用して、本件特許発明1に想到することは、容易」として、訂正後の本件発明の進歩性を否定しました。
その理由は、「アレルギー性結膜炎のモルモットモデルがヒトのアレルギー性結膜炎のモデルとして広く用いられたという技術常識を参酌し、甲第1号証には、KW-4689をヒトにおけるアレルギー性眼疾患に適用する動機付けが十分に示唆されている」とのことでした。
甲第1号証は、「モルモットの実験的アレルギー性結膜炎に対する抗アレルギー薬の影響」(あたらしい眼科 Vol.11 No.4 (1994) 603-605頁)という実験報告論文です。KW-4689がモルモットのアレルギー性結膜炎を抑制したことを報告しています。また、KW-4689は、請求項1に記載した「11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)ー6,11ージヒドロジベンズ[b,e]オキセピンー2-酢酸」(以下、化合物A)のシス異性体塩酸塩です。
特許庁は、本件発明の請求項1と甲1号証との相違点は、「ヒトにおける」であるが、アレルギー性結膜炎のモデルとして、ヒトの代わりにモルモットを用いることが技術常識としてあるため、甲1号証に記載された「モルモットのアレルギー性結膜炎」と技術常識「ヒトの代わりにモルモットを用いること」とを組み合わせると、「ヒトにおける」の動機付けは十分にある(進歩性なし)、と指摘しているようです。
これに対して、被請求人は、審決取消訴訟を知財高裁へ提起し、その後、訂正審判を請求しました。知財高裁は、審決取消決定を行い、事件を特許庁へ差し戻しました(旧特許法181条2項、キャッチボール現象)。
3.2.2 第2次審決の争点
無効審決が取り消されたため、特許庁は、無効審判(無効2011-80018)の審理を再開しました。
この際、被請求人は、請求項1,5を補正しました。また、請求項2-4,6-12を削除しました。項番号が順次繰り上がり、補正後の請求項は請求項1,2だけとなります。補正後の請求項1,2は以下になります(併せて、「本件訂正1」と称する場合がある)。
”【請求項1】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所用途可能な、点眼剤として調整された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって、治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する、ヒト結膜肥満細胞安定化剤。”
”【請求項2】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所用途可能な眼科用組成物であって、治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有し、前記11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸が、(Z)-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸であり、(E)11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸を実質的に含まない、ヒト結膜肥満細胞安定化効果を奏する組成物。”
請求項1では、「組成物」を「ヒト結膜肥満安定化剤」、「眼科用組成物」を「点眼剤として調整された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤」とそれぞれ補正し、請求項2では、従属請求項を独立請求項に補正しています。
第2次審決において、特許庁は、「甲1にはKW-4679、すなわち、化合物AのZ体の塩酸塩は、結膜からヒスタミン遊離を阻害する作用を有さないものとして記載されているというべきである。...。したがって、甲1には、化合物Aが「ヒト結膜肥満細胞安定化」を示すものであることは記載されていない。」として、訂正後の本件発明については、「無効にすべきものであるとはいえない。」と判断し、訂正を認容した上で、審判請求不成立の審決(進歩性あり)を出しました。
「結膜」は、瞼と目との間で、目を覆っている部分です。また、「肥満細胞」は、ヒスタミンなど、アレルギー性疾患の原因となる因子を閉じ込めている細胞です。あることをトリガーに、「肥満細胞」から「ヒスタミン」が出ていき(=「遊離し」)、「ヒスタミン」が受容体に埋め込まれると、アレルギーが発生する、というのがアレルギーの原理のようです。「ヒト結膜肥満細胞安定化」は、「ヒト」の「結膜」にある「肥満細胞」からヒスタミンの遊離を阻害する(=「安定化」)、という意味です。
特許庁は、甲1には、本願発明に類似した構成でさえ、「ヒト結膜肥満細胞安定化」という効果は記載されていないのだから、本願発明の効果である「ヒト結膜肥満安定化」は甲1からは得られない、したがって、本件発明には進歩性がある、と判断しているものと考えます。
この審決に対して、無効審判の請求人は審決取消訴訟を知財高裁に提起しました。
知財高裁は、「甲1を主引例とする進歩性欠如の原告主張の無効理由2は理由がないとして本件審決の判断は誤りである。」として、特許庁と全く反対の結論(進歩性無し)を出しました。その理由は、以下です。
”甲1に接した当業者は,甲1には,KW-4679がヒト結膜肥満細胞にどのように作用するかは,記載はないものの,甲1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679を含有する点眼剤をヒトによるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる動機付けがあると認められる。”
”そして,本件特許の優先日当時,ヒトのアレルギー性結膜炎を抑制する薬剤の研究及び開発において,当該薬剤における肥満細胞から産生・遊離されるヒスタミンなどの各種の化学伝達物質(ケミカルメディエーター)に対する拮抗作用とそれらの化学伝達物質の肥満細胞から遊離抑制作用の二つの作用を確認することが一般的に行われていた。... 当業者は,...,KW-4679が上記二つの作用を有するかどうかの確認を当然に検討するものといえる。”
”そうすると,甲1及び甲4に接した当業者において,甲1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みるに当たり,KW-4679がヒト結膜の肥満細胞から産生・遊離されるヒスタミンなどに対する拮抗作用を有するかどうかを確認するとともに,ヒト結膜の肥満細胞からヒスタミン遊離抑制作用を有するかどうかを確認する動機付けがあるものと認められる。”
”以上によれば,甲1及び甲4に接した当業者は,甲1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤といて適用することを試みる動機付けがあり,その適用を試みる際に,...,KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用(「ヒト結膜肥満細胞安定化」作用)を有することを確認し,「ヒト結膜肥満細胞安定化剤」の用途に適用することを容易に想到することができたと認められる。」
甲4は、特開昭63-10784号公報(公開公報)です。
知財高裁は、ヒトのアレルギー性結膜炎を抑制する薬剤の研究開発現場においては、肥満細胞からヒスタミンの遊離抑制作用を確認することが一般的に行われていたことから、当業者であれば、このような常識と、甲1及び甲4とから、「ヒト結膜肥満細胞安定化」という本願発明の効果を確認することができる、と判示しました。
どちらかといえば、特許庁は、甲1の記載そのものから、「ヒト結膜肥満細胞安定化」という本願効果は得られない(進歩性あり)と判断し、知財高裁は、もっと一般的な研究開発の現場の状況から、「ヒト結膜肥満細胞安定化」の効果は得られる(進歩性なし)と判断しているようです。
無効審判の被請求人は、最高裁に上告しました。しかし、最高裁は、上告不受理決定を出しました。本件訂正1による訂正後の発明は、「ヒト結膜肥満細胞安定化」の効果はなく、進歩性なし、で確定したことになります。
3.2.3 第3次審決の争点
最高裁の不受理決定が確定したため、特許庁の審決(請求不成立)が取り消されることになり、特許庁は、無効審判(無効2011-80018)の審理を再開しました。
この際、被請求人は、請求項1は補正することなく、請求項2を補正しました(請求項1を「本件訂正発明1」、補正後の請求項2を「本件訂正発明2」、請求項1と補正後の請求項2とを合わせて、「本件訂正2」とそれぞれ称する場合がある)。補正後の請求項は以下になります。
”【請求項1】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所用途可能な、点眼剤として調整された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって、治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する、ヒト結膜肥満細胞安定化剤。”
”【請求項2】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所用途可能な、点眼剤として調整された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって、治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有し、前記11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸が、(Z)-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸であり、(E)-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸を実質的に含まない、ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出を66.7%以上阻害する、ヒト結膜肥満細胞安定化剤。”
上記のように、無効審判の被請求人は、補正前の請求項2に対して、「ヒスタミン放出を66.7%以上阻害する、ヒト結膜肥満細胞安定化剤」を追加する補正を行いました。請求項1は補正しておりません。
第3次審決において、特許庁は、まず、第2次審決に対する審決取消訴訟における判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)について、「KW-4679を含有する点眼剤を「ヒト結膜肥満細胞安定化剤」の用途に適用することを容易に想到することができたとする判断(上記(1-2))については、前審決を取消した判決の拘束力が生ずるものというべきである」と判断しました。
知財高裁の判決そのものには拘束力は及ばないのか、という疑問はさておき、特許庁は、本件訂正2を認容した上で、知財高裁とは異なり、請求不成立(進歩性あり)の審決を出しました。その理由は、以下のようです。
「甲1(甲2の1及び甲2の2を参酌)には、KW-4679(化合物AのZ体の塩酸塩)がモルモットの結膜からのヒスタミン遊離を抑制しないこと、すなわち、KW-4679(化合物AのZ体の塩酸塩)は、モルモットの結膜肥満細胞を安定化する作用を有しないことが記載されている。」
「本件訂正明細書の表1(摘記(ⅲ))には、化合物Aによる「ヒト結膜肥満細胞」に対するヒスタミン放出阻害率は、2000μMという高用量(高濃度)に至るまでの用量依存的に上昇し、ヒスタミン創出阻害率の最大値(2000μMで92.6%)は、対照薬物であるクロモリンナトリウムやネドクロミルナトリウムによる最大値(それぞれ、10.6%、28.2%)と比較して著しく高い値であることが示されている。」
「甲1には、KW-4679(化合物AのZ体の塩酸塩)がモルモットの結膜肥満細胞を安定化する作用を有しないことが記載されているにもかかわらず、化合物Aが「ヒト結膜肥満細胞」に対してこのように非常に高いヒスタミン放出阻害率を有することは、当業者が予測しない格別顕著な効果であるといえる。」
「以上のように、化合物Aは「ヒト結膜肥満細胞」に対して優れた安定化効果(高いヒスタミン創出阻害率」を有すること、また、AL-4943A(化合物Aのシス異性体)は最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度の範囲が非常に広いことは、いずれも甲1(甲2の1及び甲2の2を参酌)、甲4及び本件優先日当時の技術常識から当業者が予測し得ない格別顕著な効果であり、進歩性を判断するにあたり、甲1発明と比較した有利な効果として参酌すべきものである。」
「したがって、本件訂正発明1及び2はいずれも、甲1(甲2の1及び甲2の2を参酌)、甲4及び本件優先日当時の技術常識からみて当業者が容易に発明できたものとはいないのであるから、請求人が主張する無効理由2(甲1を主引例とする進歩性)は、理由がない。」
特許庁とすると、判決の拘束力は、「容易想到」の部分だけに及び、「顕著な効果」には拘束力が及ばないから、その部分の判断は特許庁が行い、結果として、(独立要件説により)進歩性あり、と判断しているようです。
そして、その顕著な効果「ヒト結膜肥満細胞安定化」(又は「高いヒスタミン創出阻害率)に関しては、甲1には、化合物Aの類似の化合物でもそのような効果がないことが記載されている(この点は、第1次審決でも同様)一方で、本願明細書には、非常に高い効果があることが記載されているのであるから、当業者が予測し得ない顕著な効果である、と判断していると思われます。
この第3次審決に対して、無効審判の請求人は審決取消訴訟を知財高裁に提起しました。判決の拘束力は「容易想到」だけに及ぶのか、或いは進歩性の判断まで及ぶのか、また、「ヒト結膜肥満細胞安定化」は顕著な効果であるのか、そうではないのか、が争われるところです。
そして、知財高裁は、以下のように判示しました。すなわち、判決の拘束力については以下です。
”また,特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明をすることができたとの理由により,容易に発明をすることができたとはいえないとする審決の認定判断を誤りとしてこれが取り消されて確定した場合には,再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果,審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明をすることができたとはいえないと認定判断することは許されない(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。”
”前訴判決を確定させた後,再び開始された本件審判手続に至って,当事者に,前訴と同一の引用例である引用例1及び引用例2から,前訴と同一で訂正されていない本件発明1を,当業者が容易に発明をすることができなかったとの主張立証を許すことは,特許庁と裁判所との間で事件が際限なく往復することになりかねず,訴訟経済に反するもので、行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし、問題があったといわざるを得ない。”
知財高裁は、判決の拘束力は再度の審判手続にも及ぶため、特許庁における「進歩性あり」との判断は許されないと判示しました。なお、引用例1は甲1、引用例2は甲4です。
また、知財高裁は、顕著な効果については、
”したがって,本件発明1の効果は,当業者において,引用発明1及び引用発明2から容易に想到する本件発明1の構成を前提として,予測し難い顕著なものであるということはできず,本件審決における本件発明1の効果に係る判断には誤りがある。”
と判示しました。(本件発明1は、本件訂正発明1、引用発明1及び2は、甲1及び2です)
すなわち、知財高裁は、本件発明には顕著な効果はなく、進歩性はない、と判断しております。その理由として以下を判示しました。
”発明の容易想到性は,主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因のほか,当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等を考慮して判断されるべきものである。そして,当該発明の効果を考慮するに当たっては,その効果が明細書に記載されていること,又は,その効果は明細書に記載されていないが,明細書又は図面の記載から当業者がその効果を推論できることが必要である。”
”これらの記載によれば,本件明細書に接した当業者は,本件明細書に記載された実験(結膜肥満細胞を培養した細胞集団に薬剤を投じて同細胞からのヒスタミン遊離抑制率を測定する実験)において,化合物A(シス異性体)のヒト結膜組織肥満細胞からのヒスタミン放出の阻害率は,300μMで29.6%,600μMで47.5%,1000μMで66.7%,2000μMで92.6%を記録し,30μMから2000μMまでの濃度範囲において濃度の増加とともに上昇し,1000μMでは66.7%という高いヒスタミン放出阻害効果を示し,その2倍の濃度である2000μMでも同92.6%という高率を維持していたこと,これに対し,抗アレルギー薬として知られるクロモグリク酸二ナトリウム及びネドクロミルナトリウムが,2000μMまでの濃度範囲でヒト結膜組織肥満細胞からのヒスタミン放出を有意に阻害することができなかったことを認識するものというべきである。
他方,本件明細書には,2000μMを超える濃度における化合物Aのヒスタミン放出阻害率を測定した実験結果等,2000μMを超える濃度においても化合物Aが広い範囲で高いヒスタミン放出阻害効果をすることについて説明した記載や,これを示唆する記載は存在せず,本件特許の優先日当時の技術水準に鑑みても,本件明細書の記載から,当業者において上記効果を推論できたことを認めるに足りる証拠はない。したがって,本件発明1の顕著な効果の有無を判断する際に,2000μMを超える濃度における化合物Aのヒスタミン放出阻害効果を本件発明1の効果として参酌することはできない。なお,本件特許の優先日後に頒布された甲39には,本件明細書に記載された上記実験と同様の実験方法により,AL-4943A(化合物Aのシス異性体)の濃度(用量)が2000μM程度に至っても用量依存的に上昇し,10000μMまで濃度が上昇しても90%程度の阻害率を示したことが記載されているが,当業者において,本件明細書から2000μMを超えて濃度依存的な阻害を引き起こすものと推論できない以上,本件発明1の顕著な効果の有無を判断する際に,その内容を参酌することはできない。”
”確定した前訴判決によれば,引用例1及び引用例2に接した当業者は,引用例1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679(化合物Aのシス異性体の塩酸塩)を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる際に,KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し,ヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められ,この点は当事者間に争いがない。そうすると,化合物Aがヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有すること自体は,当業者によって予測し難い顕著なものであるということはできない。
”以上のとおり,本件特許の優先日において,化合物A以外に,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出に対する抑制効果を示す化合物が存在することが知られていたことなどの諸事情を考慮すると,本件明細書の記載された,本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時に技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。”
”したがって,本件発明1の効果は,当業者において,引用発明1及び引用発明2から容易に想到する本件発明1の構成を前提として,予測し難い顕著なものであるということはできず,本件審決における本件発明1の効果に係る判断には誤りがある。”
上記内容を見ると、知財高裁は、「化合物Aのヒスタミン遊離抑制効果」は本件発明の顕著な効果である、と判断した特許庁の第3次審決の判断を否定し、本件発明には、そのような顕著な効果はない、と判示しています。しかも、規範の部分(”発明の容易想到性は...”)から、特許庁が支持した(と思われる)独立要件説自体を否定して、二次的考慮説から判断すべきとしています。特許庁の判断は一切認めない、ということでしょうか?
そして、具体的に顕著な効果を否定しております。
すなわち、知財高裁は、本件明細書の表1には、2000μMを超えた用量でのヒスタミン遊離抑制作用を表すデータがないのであるから、「2000μMを超える濃度においても化合物Aが広い範囲で高いヒスタミン放出阻害効果」という顕著は効果を推論することができない、したがって、「化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時に技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない」と判示しております。
本件発明本来の効果は「ヒスタミン放出阻害効果」であって、それが顕著な効果であるか否かを判断すべきであるのの、なぜか、知財高裁は、「2000μM」を超える用量での効果を表すデータがないことを理由にして、「広い範囲で高い」「ヒスタミン放出阻害効果」として、効果のレベルを上げた上(「広い範囲で高い」を追加した上)で、顕著な効果を否定しているようです。
さらに、知財高裁は、甲1のKW-4679(化合物Aのシス異性体の塩酸塩)には、本件発明と同一の効果「ヒスタミンの遊離抑制作用」があることについては当事者間に争いがないことを理由にして、顕著な効果であることを否定しています。
結局、知財高裁は、「ヒスタミン遊離抑制作用」(=「ヒスタミン放出阻害効果」)という本件発明の効果について、効果のレベルを上げた上で顕著な効果ではないこと、当事者間に争いがないこと、を理由に顕著な効果ではない、と判示しているようです。
特許庁は、判決の拘束力を除くと、一貫して、明細書の記載から、顕著な効果であることを認めているようですが、知財高裁は、薬剤の研究・開発現場の実際の状況(第2次審決に対する判決)や、効果のレベルを上げたり、当事者間の争いがないことを理由にして顕著な効果がないことを判示しているようです。
果たして、本件発明には、「化合物Aのヒスタミン遊離抑制作用」という効果があるのでしょうか?それともないのでしょうか?
無効審判の被請求人は最高裁へ上告しました。
4.最高裁の判断及びコメント
最高裁は、知財高裁の判断(ヒスタミン遊離抑制効果は顕著ではない)を否定しました。その理由として、以下のように判示しました。
”上記事実関係等によれば,本件他の各化合物は,本件化合物と同種の効果であるヒスタミン遊離抑制効果を有するものの,いずれも本件各化合物とは構造の異なる化合物であって,引用発明1に係るものではなく.引用例2との関連もうかがわれない。そして,引用例1及び引用例2には,本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかについての記載はない。このような事情の下では,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということから直ちに,当業者が本件各発明の効果の程度を予測することができたということはできず,また,本件各発明の効果が化合物の医薬用に係るものであることをも考慮すると,本件化合物と同等の効果を有する化合物であるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時しられていたということのみをもって,本件各発明の効果の程度が,本件各発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであることを否定することもできないというべきである。”
最高裁は、2つの引用例1及び2には、本件発明と構造が異なる化合物(他の各化合物)であるが本件発明と同一の効果(ヒスタミン遊離抑制効果)が記載されていることを認め、だけれども、引用例1及び2に記載された他の各化合物は、あくまで、本件発明とは異なる化合物であって、引用例1及び2には本件発明の化合物についての効果までは記載されていないことから、本件発明の効果が顕著であることまでは否定することはできない、と指摘しているようです。そして、
”そうすると,原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することできたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。”
と判示しました。
当業者が予測できないような顕著な効果があるか否かについては、本願発明の構成から検討するべきであって、類似の化合物であって同一の効果が記載された引用例が存在するからといって、直ちに、その効果は顕著ではないと否定することはできない、ということだと思います。
そもそも、進歩性の拒絶理由の際に、本願発明の構成とは異なるものの、本願発明と同一の効果を有する引用例はあるのでしょうか? 最高裁は、そのような引用例であっても、そのような引用例があるから直ちに本願発明の効果が顕著ではないと否定することはできない、と指摘しているだけのようです。
ですけれども、引用例に本願発明と同一の効果があれば、効果に関しては本願発明の効果の程度も引用例と同じ程度のレベルであって、本願発明のレベルと引用例の発明のレベルと大して変わりがないように思います。そのような引用例があるのであれば、本願発明の進歩性を否定することの方が、レベル的に低い特許権の存在を許容しないことにもなり、特許発明のレベルを維持できるように思いますがどうでしょうか。
出願人(又は発明者)有利な判決ですが、少し限定的なように思います。